月光の正体とにおける作者の扱いが気になる。

お腹が空いてるときにトリコを読むと、美味しいものが食べたくなります。(挨拶)
月光条例 第22条「千一夜の月」9では、おとぎばなしの世界の住人は、読み手(読者)が本を読めば「読者パワァ」を与えてくれる神に等しい存在であるといっていた。それは多くの読者に読まれることで作品が愛されていることになるから、なんとなくわかる。
でも、天道が言っているように読者が神様というよりも、それぞれのおとぎばなしを書いた「作者」こそ神なんじゃないか。
当然そう思う。でも、おとぎばなしの世界のキャラクターは「作者」をしらない。自分たちはいつからか本の中に存在していた。読み手は読むもの、書き手である作者を知らない。作者を知っているのは、今回のアラビアンナイトの話に深く関わっていそうな、「青い鳥」のチルチル。彼は作者を知っていて、物語を書いてる存在だと知っていた。<おとぎばなし>の世界のキャラクターにとって、その作品を演じる、自分の役割をまっとうするするだけ。いつから存在していたのか、どうしてその役割なのかまでは考えたことないのか。


月光条例 第22条「千一夜の月」10では、月光が過去にアラビアンナイトに来たときのことを思い出していくことで、魔法も思い出すでしょうと「センセイ」がいってる。月光がぼんやりと思い出した女の子は、「青い鳥」のミチルなんだろうな。過去に月打されたチルチルを、元に戻すためにアラビアンナイトの世界にミチルと一緒にきたことがあるのか。
でも、そうすると月光条例第22条8で、月光に似た髪型をしていたキャラクターが言っていた「妹は今、どこにいると思う」っていう言葉からすると、チルチルは月光条例が執行されなかったのかな。それこそもしかしたら、作者に頼んで作品を書き換えたのかもしれない? このあたりは情報が少なくてよくわからないな。
ただ、月光に似た髪型のキャラクターがチルチルだったら、姿が変わってるわけだしなー。
「センセイ」がわからないところではあるけど、過去に月光に力を貸した人間、もしかしたら月光条例の中での作者なのかなーとぼんやり思ってる。月光は人間ではないけど、今はなくなってしまった何かのおとぎばなしの主人公なのかな。


そろそろ、月打の仕組み自体に繋がる何かが見えてきてもいいかなと思う。チルチルは月打されたことで、「みんなが幸せになる方法」つまり作者に物語を書き換えてもらうことを知ったのだから、キャラクターをおかしくする以外に何か月打にはあるんだろう。