Dk部へようこそ4
僕はありえない光景を見ているような気がする。いや、何度もありえないような光景はみてきた。全裸だったり、シスター服を着た某先輩をみてきたんだから。
ちょっとやそっとじゃ驚かない。
でも今回は驚くしかなかった。
いつものDk部の部室なのは変わりない。
パイプ椅子に長机、本の山。
うん、何も変わらない。
だけど、明らかに1点違う。
深呼吸して、ドアのすき間から部室の中を再度確認した。
シャランラン♪ こんな効果音をまとった女生徒がいた。
パイプ椅子に腰掛けた彼女は読書――ノベライズ版シュタインズゲート――、白く細い足をぷらぷらと揺らして誰かを待っているようだった。
……待つっていっても、でるた先輩かこんこん先輩ぐらいしか。
「少年、何をしている? 入るなら入れ」
振り返るとこんこん先輩がいた。
「中に知らない女の子がいるんです」
「ふむ?」
こんこん先輩はドアを僅かに開けて中の様子をうかがうと、納得したらしく部室内へと進んでいく。僕も先輩について部室に入る。
「やあ、姫。めずらしいな、君がここにくるなんて」
「ん? たまにはでるたくんとこんこんくんの様子でも見ておこうかと思って」
にこやかな笑顔で、姫と呼ばれた女の子が本を傍らにおいて答えた。
「それなら言ってくれればよかったものを。そうしたらでるたんも喜んで真っ先にここにきただろう」
「ふふん、こういうのはサプライズでやるからいいんじゃないか」
満足した彼女はパイプ椅子から立ち上がると、僕の方へと近づいてきた。
「ふーん、君が噂の新入部員かー」
頭1個分低いところから彼女の瞳が僕をまっすぐに見つめてくる。
思わずドキリとしてしまう。
「いやその……えっと」
「姫、あまり少年をからかうな」
「そう? だって、彼はぼくの事を知らないからつい」
「おお、そうか」
話についていけない僕に疑問符がいくつも浮かんだ。
「少年がショックを受ける前にいっておこう。姫ことコモリちゃんは男だ」
なにいってんの、この先輩。
「ワタシを哀れむような目で見るな! 事実だ、姫は男だ」
「こんなに可愛いのに?」
「だが男だ」
それが言いたかっただけでしょ、こんこん先輩! っていつの間に白衣を学生服の上から着たの!?
「突っ込みたいことがありますが、こんな小柄で華奢な――」
「だが男だ」
「女生徒の制服を着てるのに?」
「だが男だ。何度言えば理解するのかね? 考えてもみろ、こんな可愛い子が女の子なわけがないだろ」
「制服は男が男子生徒の制服着なきゃいけないっていう校則は書いてないからねー」
そりゃあ、書いてないでしょうよ。普通男が女の制服を着てくることまで考えてないですよ……コモリさん……。
なぜわからん? と不思議そうに僕をみるこんこん先輩。
いやいやいやいや。
そんなわけあるか。
こんなに可愛いのに男?
「理解ができないのか、こうなったらDメールで」
「いや、Dメールなんてないので、過去改変できませんよ」
「なにをいっている? D(でるた)メールのことだ。でるたんを召喚する」
「そんなにすぐにくるわけが……」
「コモリちゃんがいると聞いて!(ガラッ」
この人、早いなー。
こんこんさんがメールを出して10秒も経ってないよ。
「でるたくん、こんにちわ」
「コモリちゃんはかわいいな」
「出てきてそうそうワタシはスルーか。助手よ」
「助手じゃない」
「デルタズールよ!」
「ズールいうな、このこんこんめ!」
「何をいうワタシは狂気のマッド読み手<リーダー>こんこんだ!」
確かに年間1000冊読むのは狂気の沙汰だとは思いますがね。
「あはは、2人とも相変わらず面白いなー」
「ふふ、褒めて何も出ないよ、姫。ところででるたんよ、少年に姫が男だと説明しても納得してもらえないんだが」
「お前は何を言っているんだ」
そうですよね、こんなに可愛い子が男なわけが――
「コモリちゃんの性別はコモリだ。男だ、女だとか小さなことはどうでもいい」
なんでこの人、こんなに自信満々なの?
「いやいや」
僕は思わずツッコミを入れてしまった。
「そんなバカテスの秀吉じゃあるまいし」
「わかってない、何もわかってない」
性別を理解していないのはでるた先輩だと、僕は思うんです……。
「ところで姫はどうしてDk部の部室に?」
「でるたくんとこんこんくんがどうしてるかなー?って。誰もこなくてヒマだったから、シュタゲのノベライズ読んでたんだけどね」
「なるほど、シュタゲか」
こんこん先輩が頷くけど、あなた、今白衣着てるよね? シュタゲの影響だよね?
「最近はタイムリープとかタイムトラベルなどを扱って話題になる作品が多いような」
「そうですね、シュタゲもそうですけど、まどか☆マギカなんかもそうですよね」
でるた先輩の発言に僕は同意を示す。
シュタゲでもまどか☆マギカでもそうだけど、あるキャラクターが最悪の結末を回避するために何度も何度も同じ時間を繰り返し、その結果やっと望む結末、またはそれとは異なる結末へと辿り着く。
ただ、どれにも言えるのは、タイムリープやタイムトラベルを繰り返しているキャラクターは孤独になっていくことだ。
何を言っても聞いてもらえない、仲間もいない。
少しずつでも理解してもらえるようになった時には、既に遅いなんてこともある。
「似たような作品としては、紫色のクオリアもあるな」
「あー、そうですね。あれも大切な人が死なないようにいくつもの世界を渡っていきますからね」
「繰り返す。という意味だと、涼宮ハルヒのエンドレスエイトもそうだよね」
コモリさんがいうように、エンドレスエイトも同種と言える。
そもそも涼宮ハルヒシリーズは、実はSF色を持っている作品でもある。エンドレスエイトもそうだけど、涼宮ハルヒの分裂、涼宮ハルヒの驚愕で描かれている2つの世界もそうだし、涼宮ハルヒの消失では涼宮ハルヒがいない世界を描いていた。
アニメ化した影響でキャラ萌えなどに目がいってしまうが、キョンがたびたび三年前へと飛ぶタイムトラベル、並行世界、ifの世界など、SFな要素が実は多くある。
「やはり、タイムリープといえば、時をかける少女だな」
こんこん先輩が提示したのは往年の名作とも言える『時をかける少女』だ。
何度も映像化されており、幅広い年齢層にもそのタイトルを知られている。
近年では細田守監督により劇場アニメ化され話題になった。
「いっけぇえ!!!とマコトが飛ぶシーンはやはり印象的だ」
「こんこんさんも、いっそ未来に行ってしまえばいいのに。主に来世的な意味で」
「でるたん、さらりとひどいこと言ってないか?!」
「そんなことはない」
「やっぱり、タイムトラベルやタイムリープは今も昔も様々な形で名作があるね」
さてと、とコモリさんが立ち上がった。
その拍子にスカートがふわりと広がる。
「なかなか面白かったよ、でるたくん、こんこんくん。それに新入部員くん。今日はもう帰るね」
……この人、ホントに男なのだろうか?
ソプラノボイスを聴きながら再びその疑問が過ぎった。
ドアノブに手をかけて、部室から出て行こうとするコモリさんの小さな背中に問いかけた。
「あなたは本当に男ですか?」
振り返ったコモリさんは、唇に人差し指を添えて、
「うーん……君が思う性別が、ボクの性別だよ」
とても素敵な笑顔を残して、コモリさんは帰っていった。
でるた先輩がいうように、コモリさんは性別コモリという存在なのかもしれない。