Dk部へようこそ。

 Dk部と呼ばれる部活がこの学校にはある。誰もまともに活動内容を知らないらしい。だから僕は興味が湧いた。
 僕が聞いたところだと、部員は上級生二人だけらしい。活動場所は文化部の部室棟の一室。
 そう、今、僕の目の前には、そのDk部の扉がある。
 放課後のこの時間、文化部の部室棟は本校舎から離れているため、静かではある。けど、グラウンドからはサッカー部や野球部の声が聞こえる。本校舎からはブラスバンド部が練習している音が聞こえるため、完全な静寂とは言えない。
「それにしてもだ。扉の向こうから全く音がしないんだけど……」
 誰もいない? 今日は休部なのか? そんな不安が過ぎる。
 いや、そんなことはない。クラスメイトの話だと、平日のこの時間Dk部は必ず活動しているのは確定だ。
 コンコン。
 ノックをして待つこと十秒……反応なし。
 コンコン。
 もう一度。
 しかし、結果は同じだ。
 僕は仕方ないので、ドアノブに手を伸ばした。
 ドアノブを回して、ゆっくりとドアを押すと、
「開いてる?」
 ドアには鍵が掛かっていなかったため、ドアは抵抗なく開いた。
 飛び込んできた光景に僕は息を飲んだ。
 視界を埋め尽くすのは、無数の本。本の塔、いや山がいくつもあった。その本の山に囲まれた中央に、二人がいた。
 会議に使われるような机を二つ向かい合わせにくっつけて、二人の男子生徒が対面で座って いた。
 その二人は黙々と読書に励んでいるようだった。
 二人の両脇には何十冊もの本が置かれている。
 一人が、僕に気がついて、
「おい、こんこん。人がきた」
「……」
「無視か!」
「我は読書に忙しい」
「ボクだって忙しいよ!」
 あのー、僕はどうしたらいいの?
 正直よくわからない。
 困り果ててると、二人は本に視線を戻して、
「「客がこい」」
 どうやら僕の相手をするのほどヒマじゃないらしい。
 何を言っても無駄そうなので、二人が読書してる机へと近づく。
「あのー、Dk部の見学に来たんですけど……」
「「……」」
 やっぱり二人は本から目を離さない。
 しばしの沈黙。
 ……どうしたらいいの? ホント泣きそうなんだけど。
 天井を見つめて、涙を溜めてる僕に見かねたのか、
「我が相手をしてやろう」
 さっき『こんこん』と呼ばれた先輩が本を閉じて、僕を見た。
「じゃあ、がんばれ、こんこん」
「お前もだ、でるたん!」
「ボクは電撃の新刊で忙しい。大体、さっきから我、我ってなんだよ!」
「ふふん、今読んでるのはコレだ」
Fate/Zero 5 闇の胎動……ギル様か!って……まだそれ読んでるの? ぷぷぷ」
「うるさい、黙れ」
「……」
「でるたん、いいからなんかそこの生徒にDk部の説明しなよ」
「お前が黙れといったんじゃないか。こんこんさんがやれば?」
 まったく……といいながらも、こんこん先輩は咳払いをして、
「はじめまして、少年。彼が、日本一ラノベ感想を書くでるただ」
「なんで、ボクの紹介をしたの?!」
「いや、でるたんを貶めようと思って」
「お前は何を言ってるんだ――彼は、サウザンドマスターこんこん。年間千冊のラノベを読む」
「そう、我はサウザンドマスターだ!」
 頭痛い……。
「あの……先輩達の紹介も大事だと思うんですけど、この部活って何をするんですか?」
「読書」
「ああ、読書だ」
 でるた先輩が、机の上から一冊の本を取り出した。
「これを知ってる?」
 その本の表紙には女の子のキャラクターが描かれている。見たことある。確か前にアニメになってテレビでも話題になった。
 タイトルは確か……。
涼宮ハルヒの憂鬱
「じゃあ、これは?」
スレイヤーズ
「そう、これらはアニメ化した作品だけど、原作になるのはラノベ――ライトノベルと呼ばれるものだよ」
「Dk部の活動はただ一つ。読書だ。まあ、読んだ作品の感想を全部書くでるたんみたいなことをやってもいいけど」
「よく読んで、よく書くんだよ!」
「ともかく、君も一冊読んでみなよ」
 さわやかな笑顔と共に渡されたのは、とらドラ!というタイトルと制服きた女の子と、小さい虎が表紙に描かれている。
「え?」
「まあ、一時間半で終わるよ」
「そんなもんだろうね」
「ちょっと待ってください」
 なんで二人とも不思議そうな顔をしてるんですか? いきなり本を渡されて、読めって……。
 二人とも、もう読書に戻ってるし。
 仕方ないから、僕も読もう。
 壁に立て掛けられていたパイプ椅子を使うことにした。適当な場所を陣取って、僕も読書を始めた。
「……」
 沈黙が降りる。
 小さく溜息を吐いて、僕は文章を追うことにした。
 基本的に、でるた先輩とこんこん先輩は読書中無口だ。
 たまに口を開いても、
「でるたん、それ面白いの?」
「エロい」
「えろたさん……」
 とか、
「こんこんさん、その脇の本取って」
「……」
「……」
 お互い無言で本を受け渡して、
「「なんか言えよ!」」
 でるた先輩とこんこん先輩はお互いでツッコミ入れてる。
 なんだろう……。
 この二人は読書する以外は何をするわけでもない。時折、交わす言葉も少ない。
 とらドラ!は、目つきが悪くて周りから不良と勘違いされている主人公が、片思いの女の子と同じクラスになった。片思いの女の子には、いつも一緒にいる女の子がいて、その子にも好きな人がいる。それが主人公の友達だ。かくして二人は恋の共同戦線を張ることになる学園ラブコメだ。
 うん。面白い。
 読み終える頃には、窓の外は夜の暗さが来ていた。
「面白かったかい?」
 こんこん先輩が聞いてくる。
「はい」
 だから、僕は正直に答えた。
「その続きを、もっと他の本を読みたい?」
 でるた先輩が問う。
「はい」
 これにも答えた。僕はとらドラ!の続きが気になる。この部室に積まれている他の本も読んでみたい。
 もっといろいろな作品を読んでみたい。
「毎月多くのラノベ作品の新作が、書店に並ぶ。なあ、でるたん」
「大丈夫だ、積んでいる」
「この部室にある本は未読本の山。つまり積本だ読んでみたいだろ?」
「はい」
「ならばよろしい。ようこそ、Dk部へ」
「はい!」
 だから、僕はDk部に入部を決めた。
 あ、そうか。でるた先輩のDと、こんこん先輩のkでDk部なのか。この部活の名前の理由に気がついて僕は二人に気付かれないように笑った。