Dk部へようこそ0

 この学校の一年には一部で有名な生徒がいる。その一人が、HRが終了したばかりの教室の隅で読書をしているでるただ。
 彼の机の上には何冊もの本が積まれている。
 他の生徒が帰り支度を始めるなか、でるたは本を読み続ける。
 ガラッ!
 突然、教室のドアが勢いよく開かれた。
「このクラスに、でるたという者がいると聞いてきた!」
 自信を帯びた声が教室内に響いた。生徒達は手を止めて、ドアへと視線を向けた。だが、でるたは本から視線を外さない。
 ――あ、あれでしょ、こんこん。
 ――サウザンドマスター
 教室がざわめいた。
「ふむ。見つけた、一目でわかったぞ。ワタシが探していたのは君だよ」
 生徒たちからこんこんと呼ばれている彼は、でるたと並ぶ有名人だ。
 この二人に共通するのはただ一つ。
 読書。
 それも異常とも思える読書量だ。
 こんこんはでるたの席を確認すると、まっすぐに向かった。
「はじめましてだな、でるた」
「……」
 でるたはなおも読書を続行する。こんこんはでるたが読んでいる本の背表紙を確認した。
ミミズクと夜の王か。なかなかいいものを読むね」
 そのとき初めて、でるたは視線を上げた。
 こんこんの顔を見ると、また本へ視線を戻した。
「ボクは読書に忙しい」
 用件が無いなら帰れ。
 邪魔をするな。
「つまり、帰れと。だが、断る」
「……」
「まあいい。ワタシはワタシで勝手に話を進めさせてもらおう。簡単に言って、ワタシは君が欲しい」
「お前は何を言っているんだ」
 でるたは即座にこんこんの言葉を迎撃した。
「言葉が足りないか?」
「内容が足りない」
「ふむ……。この世界にはこれまで多くの本が出版されてきた。ワタシこうやって話している今も多くの作家が新たな本を生みだしている。ワタシが死んだあとももっと多くの本が出版されるだろう」
 言葉に熱を帯びさせこんこんは言葉を重ねる。
「正直言おう。今こうしてる時間すら勿体ない。一字でも多く、一行でも多く、一ページでも多く本が読みたい」
「だったら一人で読んだ方がいいんじゃないか」
「もっともだ」
 でるたの言葉に、こんこんは苦笑した。
「でも、君は本の感想を誰かと共有したくないか? 自分と違う感想を知りたくないか? 本は読み終えただけでは終わらない。読み終えて、他人の感想を知るのも楽しみの一つじゃないかね?」
「……」
「もう準備は整っている。幽霊部員、新部活の申請書、顧問、その他諸々も準備が終わっている。あとは君が頷けばいい」
 だから、もう一度言った。
「君が欲しい」
 でるたは本を閉じて、深呼吸をした。
 目を閉じて、もう一度呼吸した。
 目を開いて、こんこんの瞳を真っ直ぐに見た。
「ボクを飽きさせるなよ」

「とまあ、これがDk部の創立の秘話なわけだよ」
 一通り話し終えたこんこん先輩は満足げだった。一方のでるた先輩は相変わらずの読書ではなく……iPadで今日読んだラノベの感想を書いている。
 ちなみにでるた先輩は読み終えた全ての本の感想をブログにアップしているらしく、ネットの中じゃ、ちょっとしたものらしい。
「つまり、こんこん先輩の熱烈アプローチに、でるた先輩が靡いたわけですね」
「君はバカか?」
 でるた先輩の指摘の声がした。
「え、違うんですか? こんこん先輩の話を聞くとそうだとしか……」
「こんこんさんの話はだいたいあってる。けど、君の解釈は間違っている。ボクが靡いたんじゃない。あまりにもしつこいから仕方なくだ」
「ふふん、でるたんは相変わらずツンだな。そうだな、仕方なくだ。それでいいさ」
「このこんこんめ!」
「っ!! 蹴るな、蹴るな」
 机の下ではなにやら激しい攻防が繰り広げられているらしい。
 この二人は本当に仲が良い。
「それでこんこん先輩はでるた先輩を飽きさせてないんですか?」
「……少年、君はどう思う? それが答えだよ。――だから、蹴るな!」
「こんこんさん、そういえばあれの続きが家にあるんだけど」
「でるたん、さりげなく誘うのやめてください」
 うん、でるた先輩は楽しそうだ。